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高松高等裁判所 平成9年(う)177号 判決 1998年3月03日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小巻真二作成の控訴趣意書に記載のとおり(なお、控訴趣意書中、第一の一の1及び4は訴訟手続の法令違反の、第一の一の2は刑事訴訟法三七八条四号の、第二は事実誤認の各主張である旨、弁護人において釈明した。)であり、これに対する答弁は、検察官寺野善圀作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張(刑事訴訟法三七八条四号の主張を含む。)について

論旨は、原判決には、以下のとおり、<1>及び<4>記載のような判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるとともに、<2>及び<3>記載のような刑事訴訟法三七八条四号にあたる事由もあるというのである。すなわち、<1>本件は、被告人が、A子が一八歳未満であることを知りながら、わいせつな行為をしたとして起訴されたものであるにもかかわらず、原判決は、その罪となるべき事実の項で、単に、被告人が一八歳に満たない青少年であるA子に対しわいせつな行為をしたと認定し、その被告人及び弁護人の主張に対する判断の項では、青少年が一八歳未満であることを知らないことを理由に処罰を免れることはできず、その主張は採用できないとしているが、故意犯の起訴に対し、訴因変更をすることなく過失犯として処罰することはできない、<2>有罪判決をするためには、罪となるべき事実すなわち犯罪の特別構成要件に該当する事実のほかに故意・過失に関する事実、未遂に当たる事実等を示さなければならないのに、前記のとおり、原判決は、故意犯か過失犯かを示していない、<3>原判決は、その法令の適用の項では故意犯の罰条を記載しながら、罪となるべき事実の項では故意犯か過失犯かの記載をしていない、<4>原判決は、その法令の適用からすると故意犯を認定したとみられるが、記録中には、被告人がA子が一八歳未満であると認識していたことを示す証拠は被告人の供述調書以外にはなく、原判決は補強証拠なくして有罪判決をしているというのである。

そこで検討するに、徳島県青少年保護育成条例(以下、単に「条例」という。)は、一四条一項において、「何人も、青少年に対し、いん行又はわいせつな行為をしてはならない。」と規定し、二四条二号でその罰則を定めるとともに、二六条の二において、「第一三条の六第一項第三号、第一四条第一項、第一四条の二第一項又は第一五条の規定に違反した者は、当該青少年の年齢を知らないことを理由として、第二四条又は第二四条の二の規定による処罰を免れることができない。ただし、過失のないときはこの限りでない。」と規定しているところ、右各規定の体裁などからすると、条例二六条の二は、当該行為を行った者の処罰について、青少年の年齢を知らないだけでは、刑事訴訟法三三五条二項にいう「法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実」とならない旨を定めるとともに、その点につき過失もないことは右犯罪成立阻却事由となる旨を定めたものであり(同様の規定を有する児童福祉法六〇条三項の解釈に関する最高裁昭和三三年三月二七日判決・刑集一二巻四号六五八頁参照)、一種の解釈的な補充規定であって、所論がいうように、条例二四条二号が青少年の年齢を知っていた場合の罰則規定、条例二六条の二が過失によりその年齢を知らなかった場合の罰則規定となるものではない。したがって、被告人が青少年の年齢を知っていたものとして起訴され、その成否が争点とされて公判審理がなされている本件のような場合においては、犯情を明らかにする意味でも、これを判決中で明らかにすることが望ましいことはいうまでもないが、本罪の罪となるべき事実としては、被告人が青少年の年齢を知っていたか、あるいは過失によりこれを知らなかったかを判示することが法律上要求されているものではなく、また、被告人が過失により青少年の年齢を知らなかった場合の罰条についても、条例二四条二号、一四条一項のみを挙示すれば足り、むしろ、二六条の二は挙示すべきではない。したがって、これらの点について原判決に理由の不備ないし食い違いがあるという前記<2>及び<3>の所論は採用できない。

次に、<1>の所論についても、以上に説示したような本条例の規定の構造、すなわち、被告人が青少年の年齢を知っていた場合も、過失によりこれを知らなかった場合も同一法条により処罰されるものであり、かつ、その法定刑も同じであることからすると、本件のように、被告人が、A子が一八歳未満であることを知っていたとして起訴された場合であっても、検察官において、被告人が過失により年齢を知らなかったときは起訴しない趣旨である旨の釈明がなされるなど、被告人の防御に実質的な不利益を及ぼすと認められるような事情がない限り、訴因の変更手続を経ることなくその旨認定して有罪の判決をすることができるものというべきである。これを本件についてみるに、検察官が、被告人がA子の年齢を過失により知らなかった場合を起訴しないとの釈明をしたような事実はなく、かえって、原審弁護人は、第一回公判期日における被告事件に対する陳述として、被告人には過失もないとの主張をいったんは行い、さらに検察官は、論告において、仮に被告人がA子の年齢を知らなかったとしても、その点に過失がある旨主張している(これに対し、弁護人は、右主張は訴因の変更手続を経ていないから許されない旨の意見を述べているが、裁判官において、その部分の撤回を命じるなどの措置はとられていない。)のであるから、訴因の変更手続を経ることなく、被告人が過失によりA子の年齢を知らなかったことを認定して有罪の判決を言い渡すことが、被告人の防御に実質的な不利益を及ぼすと認められるような事情は認められない。したがって、原判決は、被告人がA子が一八歳未満であることを知っていたと認定したのか、あるいは過失によりこれを知らなかったと認定したのかは判文上不明であるが、仮に後者であったとしても、この点に関する所論<1>も採用できない。

また、所論<4>については、仮に、原判決が、所論のいうように、被告人の検察官及び司法巡査に対する自白調書によって、被告人が、A子が一八歳未満であることを知っていたと認定したものであったとしても、自白の補強証拠としては、その真実性を保障するに足る証拠があればよいのであって、本件において、被告人が青少年の年齢を知っていたか否かというような犯罪の主観的要件に属するものについては補強を要しないというべきである(最高裁昭和二五年一一月二九日判決・刑集四巻一一号二四〇二頁参照)。所論は採用できない。

論旨はいずれも理由がない。

二  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、原判決は、被告人が一八歳に満たないA子に対してわいせつな行為をした旨認定して、被告人を有罪としたが、被告人は、A子が一八歳未満であることを知らず、また、そのことに過失もなかったから、原判決には、この点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

よって、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人は、少なくともA子が一八歳未満であるかも知れないことを認識しながら、あえて同人にわいせつな行為をしたものと認められるから、被告人を有罪とした原判決に所論のいうような事実の誤認はない。

すなわち、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人が、犯行当日、いわゆるテレホンクラブに電話したところ、当時A子に売春をさせていたB子がこれに出て、「お小遣いが欲しい。年は一八歳。甲野高校の前で待ってる。」などと売春の相手方となるよう誘いかけ、被告人がこれを承諾して自動車で約束の甲野高校前まで行くとA子が待っており、被告人はA子の風貌等を見て逡巡したものの、結局同人を乗せて近くのホテルまで行き、原判示のようなわいせつな行為をしたが、その途中にA子がB子にポケットベルを鳴らされ、A子がB子に電話すると、B子から次の売春客が来たので早くして帰れと言われたため、A子が被告人に対し、「用事ができたけん早うして。」などと言うと、被告人は怒って帰ってしまったという経過が認められる。ところで、被告人は一八歳未満の青少年にわいせつな行為をするなどすれば、条例による処罰の対象となることはよく知っており、被告人の当審供述によれば、数年前に教師が本条例違反で逮捕されて職を失ったという事件があったことも知っていたというのであるから、被告人にとって相手方の年齢は相当の関心事であったと考えられるが、前記のとおり、被告人とB子の当初の電話内容でも、相手方は条例違反とならない最低の年齢である一八歳というのであって、売春の相手方となることを断られないように年齢を詐称しているのではないかとの疑いを抱いてもしかるべき状況であり、その後実際に見たA子の風貌や同人との会話等からしても、同人は黒っぽい服を着て化粧等もしていたとはいうものの、誰が見ても同人が一八歳以上であると考えるような事情は認められず、現に被告人はA子の売春の相手方となることを相当逡巡し、最終的にも前記のようなやりとりをきっかけとして性交にまで至らずに帰っている経過などをも考え併せると、被告人が最初にA子を見たとき、顔はほほがぽっちゃりとして幼さの残る顔立ちで一七歳前後に見えた、どう見ても未成年で、一八歳を超えているようには見えない、条例違反になるので帰ろうと思ったが、結局同人を乗せてホテルに行った、その途中も、もし一八歳未満でなければ違反にならないから一八歳以上であることを期待してセックスしようかなどと思い悩んだという被告人の司法巡査(原審検察官請求証拠番号11、12)及び検察官(同13)に対する各供述調書の記載は、被告人にはA子が一八歳未満であることの未必的な認識があったという趣旨のものとして、信用することができるというべきである。右認定に反する被告人の原審及び当審供述は信用することができない。その他、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決に所論のいうような事実の誤認はない。所論は採用できない。

論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中明生 裁判官 三谷忠利 裁判官 山本恵三)

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